今日よく知られてるYMCAは、1851年12月29日,Bostonで設立された。この組織の運営理念は3つの言葉で要約される:SPIRIT,MIND,BODYである。140年の間、この理念を固守することによってYMCAは地域のコミューニテイのためのプログラムの開発促進にリーダーシップを発揮してきた。
第二次世界大戦が終わってまもなく、アメリカではスキンとスクーバ・ダイビングの興味が高まり、独立したダイバーのグループがクラブを全国的に結成するようになった。1954年、YMCA、赤十字、科学アカデミー(National
Academy of Sciences)の専門家が集まり、急速に発展を始めたこの活動の安全性に対処すべくCNCA( the Council for National Cooperation in Aquatics)を結成した。1954−1955年の冬にかけてCNCAのコース・アウトラインを使ってBernard E. Empletonが、テストコースを開催した。このコースで使われた資料が1957年に「The New
Science of Skin and SCUBA Diving」(スポーツ潜水の科学と実際)として出版された。
YMCAは指導の独自のコースを発展させて、1959年に初めてスキンとスクーバのインストラクターを認定した。このプログラムはアメリカで最初のコースであった。のちにNAUIがYMCAのアウトラインとほとんど同じコースで活動を開始した。他の団体もこれに続いた。1964年の第5回全米YMCAアクアテイック会議において、5年の経験に基ずく検討の結果、YMCAコースに修正が加えられた。
1970年の第6回全米アクアテイック会議で、議長Frank ScalliとスタッフClayton Myersの指導のもとにYMCAにフルタイムのスクーバ・デイレクターを雇うことと、スクーバ本部を設立する事を全米YMCA役員会に申請した。このスクーバ本部は2年後アトランタにKen A. Brockをデレクターとして開設された。スクーバ・ダイバーの認定はコンピュータで効率的に管理され、スクーバ本部から多くの資料がYMCAスクーバ・インストラクターや全米のYMCAに送られるようになった。
1976年YMCA水中活動センターが、フロリダのキーウエストに、Robert W.Smithをデレクターとして仮開設され、1977年2月18日、キーウエスト・アメリカ海軍基地内のトルーマン大統領別館、第21棟に水中活動のYMCAセンターは置かれた。このセンターは、リクレーショナル・ダイバーの指導プログラムとして広く発展を始めたYMCA水中活動プログラムの技術的支援と管理を行った。このセンターでは、他団体からのダイバーやYMCAダイバーのためのアンダーウオーター・カレッジを開催したり、洗練されたプログラムの研究開発を行った。YMCAスクーバ・インストラクターが全国から集まり、センターのプログラムに参加した。
スクーバ・ダイバーのためのライフセービング・コースの必要性をYMCAスクーバ・プログラムは認識し、
1977年の後半にSLAM(SCUBA Lifesaving and accident Management)の技術を集めて実用化するために委員会が召集された。1978年11月にSLAMの初版が発行された。同年1978年マイアミでのYMCAスクーバ・コンベンションで、第一回国際水中ホッケー選手権大会が開催された。
1980年のはじめ、 CMAS(世界水中連盟)のユニークなステータスを取得し、65カ国連盟、12000ダイブクラブ、350万人からなるダイビング団体である世界の一翼としてYMCAは参加することとなった。
1980年6月30日、 Bernie E. Empletonが生涯をかけて例証してきた技術的貢献と高水準のモラル標準を、人物推薦をする事により維持していくために、YMCAはBernard E.
Empletonソサイテイの発会式を発表した。“名誉ソサイテイ”にノミネートされた人は、SPIRIT,MIND,BODYの修練者として賛辞を与えられる。
Kenneth
C.Gillette,Jr.記念ライフセービング賞は、1981年水中活動プログラムの委員長 Joe Strykowskiによって発表された。この賞は、海で危険な状態にあるダイバーや一般の人の命を救うために、優れて英雄的行為を成したと認められるものに与えられる。YMCAダイバーやYMCAンバーのみでなく全世界の全てのダイバーに、この賞は門戸を開放している。
1983年、Robert FreemanがYMCAプログラムのデイレクターに任命された。1984年水中活動プログラムが
1986年7月1日アシスタント・デイレクターであったFrankie J.
Wingertが、女性で初めてYMCAスクーバ・プログラムのデイレクターに任命された。彼女はアメリカ合衆国内の主なスクーバ指導団体では初めての女性デレクターであった。1995年退職して、Craig S. Jenniと交代するまでデレクターとして貢献した。
1985年中期、YMCAは指導基準とエントリー・レベルのスクーバ認定のミニマム・コースの開発のためのナショナル委員会の一翼を担うこととなった。1986年9月1日、基準が制定され、アメリカ合衆国の主な指導団体に流された。YMCAは、ANSIスクーバ指導基準を作成する協議会であるRSTC(リクレーショナル・スクーバ・トレーニング協議会)の主要メンバーである。
1990年5月、スクーバ・アドバイザリー委員会の副委員長Tom Leairdの指導のもとに、YMCAでは初めてのフル・スコラーシップのYMCAインストラクター・コースがインデアナ州MuncieのBall州立大学で実施された。
34のYMCAから36人の候補生が出席した。
1996年のはじめ、デレクター Craig JenniはYMCAスクーバで使用している全ての指導資料を再改訂するための委員会を召集した。このボランテアーとして、Tom Leaird 、Sam Scott、Paul Rollins、Ron Daltonが選ばれた。長時間を費やして、現在のスクーバ産業に十分対応できるように基準や手順を改訂してこのマニュアルは作成された。レクレーショナル・ダイビングにおいて、YMCAスクーバ・インストラクターがいつもベストであるようにと作成されている。YMCAスクーバ・プログラムは、いつも力強いボランテイアー・スタッフに支えられている。長年にわたる数百のボランテイアーの方々すべてに感謝したい。先人のこれらの努力なしには、今回の改訂版は生まれてこなかった。
YMCAスクーバが生まれてから40年、YMCAトライアングル:Spirit、Mind、Body:の理念にもとずいて、コミューニテイのダイバーにもっともレベルの高い教育を提供してきた。これらの理念はYMCAのコアー原理であり、YMCAプログラムの全てのトレーニング、運営はこれらの理念にもとずいている。

2008年12月31日をもって、YMCA Scuba プログラムは、活動を停止しました。
YMCA Scuba プログラムは、全てのプログラムがSEI Diving に引き継がれます。
現在の YMCA Scuba ダイバーのUpgrade教育は、SEI Diving で行います。
日本在住のYscuba Diver は、SEI Diving 日本事務局 にお問い合わせください。
YMCA SLAMプログラムは、2008年12月31日をもって使用ができません。現在は、DRAMの名でSEI Divingに著作権があります。SEI Diving 日本事務局 にお問い合わせください。